大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和40年(ネ)1379号 判決

被控訴人が控訴人に対し昭和三八年八月五日附、翌六日到達の内容証明郵便をもつて、控訴人において同年七月分の本件家屋の賃料の支払をしなかつたことを理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争がない。

そこで右解除の効力について判断する。

前段一認定の事実及び前掲甲第一号証によると、右甲第一号証は、本件賃貸借契約の締結にあたり、控訴人が被控訴人の代理人光雄に対し差し入れた本件賃貸借契約証書であるが、その第一項に「一ケ月分たりとも賃料の支払を延滞したときは、催告を要せず当然契約は解除せられるものとし、建物明渡の請求あるも異議のない」旨の記載があること明白であるけれども、これが市販の用紙を用いられていることに不動産賃貸借契約の一般の実情及び本件賃貸借契約締結の際、賃料の不払の時には何らの催告を要せず、右契約を解除できる旨の特約が成立したとの被控訴人の自認をあわせ考えると、右条項の文言はいわゆる例文であつて、その趣旨は、控訴人が賃料の支払を一回でも怠つたときは、被控訴人において催告なく本件賃貸借契約を解除しうるというにあるものと解するのが相当であり、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措借し難く、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

そして控訴人が昭和三八年七月二八日までに同年七月分の本件家屋の賃料の支払をしなかつたことは弁論の全趣旨により明白である。

しかし、控訴人が昭和三七年五月分までの本件家屋の賃料の支払をし、これを被控訴人の代理人光雄が受領していたことは前示のとおりであり、別紙一覧表のとおり控訴人が本件賃料につき供託したことは当事者間に争がなく、右事実に原審及び当審における控訴人本人尋問の結果及びこれにより成立を認めるべき乙第一三号証、成立に争ない乙第一四号証の各記載並びに弁論の全趣旨をあわせると、控訴人が本件家屋賃借後控訴人と被控訴人側との間にはなんのいざこざもなかつたが、たまたま昭和三七年春ごろにいたり、従来被控訴人が控訴人ら借家人に建物敷地の一部として使用を許していた私道敷の一部の返還を要求したことから両者の間が険悪となり、ついに被控訴人が前示のように同年五月六日附で無断転貸等を理由として本件賃貸借契約を解除する旨意思表示をするにいたつたので、それ以後は、控訴人においても被控訴人に本件賃料を提供しても受領しないことが明らかとなつたとなし(かく解するのももつともである)、昭和三七年六月分以降の分については、別紙のとおり供託をするにいたつたこと、そして右供託の同年六月分から昭和三八年五月分までの分(ただし昭和三七年一〇月分を除く、弁論の全趣旨に徴すると、この分については、控訴人は過つてその供託を忘れ、昭和四〇年六月二二日ごろに至つてこれを知り、同日供託したものと推認しうる)も、必らずしも毎月二八日までにはなされず、翌月以降にわたることもあり、最もおくれた分は支払日後約三ケ月経過していることもあり、二ケ月分まとめて供託されたことが三回、三ケ月分まとめて供託されたことが一回あつたにもかかわらず、この間被控訴人はこれを理由としては一度も賃料不払を理由として契約解除の意思表示をしたことがなく前記無断転貸等を理由とする解除を主張して本訴を提起(原審への提起は昭和三八年三年一三日であることは記録上明らかである)してこれを追行中であり、控訴人もまたもつぱら右当初の解除の当否について防禦に専念していた間にあらたに賃料不払の事由による解除の意思表示を受けたものであることが認められ、以上の事実によつて考えると、被控訴人側はすでに別個の事由で賃貸借は解除されたとして賃料の受領をしないことが明白であり、賃借人としてこれに対抗するため爾後の賃料を供託して係争状態に入つたとき、たまたま一カ月分の賃料の供託がわずか数日おくれたに過ぎないのをとらえて、特約により無催告解除権を取得したものとして重ねて契約解除の挙に出るのは、すでに両者の間に訴訟係属中であることを考慮してもいちじるしく一方的な不意打ちであつて、相手方の地位を不当におびやかすものであるとの非難を免れず、ひつきようかかる契約解除は、信義誠実の原則に反し、権利の濫用として許されないものと解するのが相当である(被控訴人がその後別表のとおり右七月分の賃料を含む多額の賃料の弁済供託を異議なく受諾し、その還付を受けたことは当事者間に争ないところであつて、このことはいよいよ右解除の失当なことを裏書するに足りる)。従つて控訴人の賃料不払を理由とする契約解除の主張は理由がない。

(浅沼 間中 柏原)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!